こちらは既にkindleから出版している小説『VIAMNA』の冒頭部分になります。
プロローグ
宮崎県日南市は、日本列島を構成する、南西部の島の、その右真下からやや上に上った隅に位置する。太平洋側に面した、人口五万人程の小さな町だ。
そしてそれは、宮崎県日南市近くの上空に突如として姿を現した。形は正三角形をしており、色は深い黒色だった。機体に窓のような構造物はなく、滑らかで、光沢のない、頑丈そうな金属で全て覆われている。大きさはちょうど戦車二台を横に並べて置いたくらいのものである。機体の底部は、動力源なのか、青白い光を放っていた。
その奇妙な、正三角形をした黒い飛行物体は、日南市の海岸線付近の上空を非常にゆっくりとした速度で飛行していた。飛行しているというよりも、むしろ浮遊しているといった感じに近い。
そしてその飛行物体のなかでは、これもまた黒色の、金属質な、身体の線がくっきりと浮きでるような衣服を身に纏った女性が、コクピットらしき場所に腰掛けていた。女性の顔は宇宙服のバイザーを思わせる、透明な覆いに覆われていた。そしてそのバイザーのなかにある、女性の顔は美しく整っていた。ギリシャ彫刻の彫像を思わせる、彫りの深い顔立ちだ。綺麗な弓形を描いた眉と、くっきりとした二重の瞳。そして通った鼻筋と、その下に広がる、いくらか厚みのある、濡れたような薔薇色の唇。肌の色は茶褐色で、髪の毛の色は黒だった。髪の毛の長さは背中のあたりまである。手足はすらりと長く、均整の取れた身体つきをしている。年の頃は二十四、五歳といったところだろうか。彼女は気を失っているのか、瞳を閉じてぐったりとして動かなかった。
「……ううっ」
エシュナ・バルシアスはうめき声と共に、つかの間の失神状態から意識を取り戻した。それから、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。
ここはどこだ? エシュナはコックピットの外へ目を向けた。機体に窓はないのだが、機体の外の景色を内部の壁面に投影する装置があるので、問題なく外の様子を確認することはできた。
エシュナが眼下に目を下ろすと、海が見えた。どうやら自分はどこかの海上を飛んでいるらしい。更に前方に目を向けると、陸地らしきものが見えた。まず海岸線があり、その海岸線に沿って黒いものが走っている。恐らく道路だろう。エシュナは首を傾げた。自家用航空機による移動が当たり前になったこの時代に、どうして眼下に見えるような原始的な道路を作る必要があったのだろう?
陸地の奥に目を向けたエシュナの疑問は更に深まることになった。陸地の奥には木材を組み合わせて作られたような小さな建物群があるのだ。なんだ? これは? エシュナの思考の表層に最初浮かんだ素朴な疑問は、今や大きな混乱に変わりつつあった。それらの住居がエシュナの時代のそれと比べて、かなり原始的なものであるというのはもちろん、それらがエシュナがこれまで一度も目にしたことがないような形状をしていたからだった。
―――まるで異国の建物だ。エシュナは思った。それも、これまでに一度も発見されたことがないような特徴を持っている。しかし、エシュナのいた時代に、そのような未知のものが、存在しているとは到底考えられなかった。なぜなら、地球のありとあらゆる場所は探索され、調べ尽くされているからだ。今更未知の文明の発見等あるはずもなかった。それに、エシュナの世界の人々はどれほど貧しいひとであっても、もっと優れた、強度のある居住空間に住んでいる。
―――まるでこれは過去の世界ではないか? エシュナはそこまで考えてから慄然とした。フラッシュバックするように、失神する前の記憶が蘇ってきた。
自分は敵機に追いつめられていた。敵機から発射されたミサイルが自分の搭乗しているヴィマナに当たる寸前だった。そのため、エシュナは駄目で元々のつもりで、転移装置のボタンを押したのだ。目的地を定めることなく。それは一か八かのかけだった。通常そのようなことをすれば、亜空間に飲み込まれて死んでしまうことになる。
だが、しかし、ごく僅かながら、助かる可能性もあった。上手い具合に、偶然に、どこかへ辿り着けるという可能性も、全くのゼロというわけではなかった。だから、エシュナはその僅かな可能性にかけて、ボタンを押した。それに、どのみちこのままでいても、死を待つだけなのだ。だったら―――そう思って、エシュナはボタンを押した。
エシュナが転移装置のボタンを押した瞬間、エシュナの乗っていたヴィマナは暗黒に包まれた。エシュナの乗ったヴィマナは通常経験することのない、漆黒の暗闇のなかを猛スピードで落下していった。機体は激しく振動し、強い重力がエシュナの身体を圧迫した。そこで、エシュナの世界は暗転した。
そして気がつくと、エシュナは見知らぬどこかの上空を漂っていたのである。エシュナが気を失って操縦桿を握っていないあいだ、セキュリティー機能が働いてくれたらしく、上手い具合にヴィマナは自動操縦に切り替わっていた。エシュナの乗ったヴィマナは墜落することはなかった。
どうやら自分は助かったらしい―――エシュナはぼんやりとした感覚のなかで思った。本来は喜ぶべきところなのだろうが、事態はそう単純でもなさそうだとエシュナは思った。恐らく、あのとき、デタラメに転移値装置のボタンを押した際に、自分はどこかの過去の世界へとタイムスリップしてしまったようだ、と、エシュナは推測した。そういった例があるということを、エシュナは過去にヴィマナについて学んだ際に、誰かが話していたのを覚えていた。
それにしても、一体ここは過去の地球のどの時代なのだろう? エシュナは思った。エシュナは自分の知識を総動員して、さっき自分が見た建物に相当するようなものがなかっただろうかと記憶を探ってみたが、今のところ何も思いつけなかった。恐竜が生息している等の、一目瞭然の特徴があれば、エシュナにもすぐに判断できるのだが。
しかし、今眼下に見えている建物群に関しては完全にお手上げだった。皆目見当も付かない。エシュナが見知っている、どの時代のものとも、特徴が異なっていた。それに、そもそも、ここは、ほんとうに、過去の世界なのだろうか? エシュナがそこまで思考を推し進めたところで、唐突に、狭い操縦席内に、警告音がなり響いた。どうやら無理な時空間移動が祟ったらしい。推進システムの一部に支障が出始めているようだった。このままではせっかく命が助かったというのに、ヴィマナが墜落して死んでしまうことになるとエシュナは焦った。どこかにヴィマナを着陸させなければ。エシュナは眼下の景色に目を凝らすと、人気のなさそうな山林を見つけた。そしてエシュナは自動運転から手動運転に切り替えると、そこに静かにヴィマナを着陸させた。

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