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小説 かつて人々は魔法が使えたらと願った

かつて人々は魔法が使えたらと願った ― 辿り着いた世界

Fantasy Novel

かつて人々は魔法が使えたらと願った

辿り着いた世界

海田 陽介 著

SCROLL

Section

今、ひとりの女性が空を飛行している。乗り物に乗っているのではない。生身の身体で空を飛行しているのだ。空を飛ぶことを可能にさせているのは、現在の地球とは違う物理法則――魔法であった。彼女の全身を覆っているのは微かに青みを帯びた銀色の甲冑である。そしてそれはちょうど我々にヨーロッパの中世時代の甲冑を彷彿とさせる。

しかし、その中世時代の甲冑を身にまとっている女性は白人ではない。黄色人種だ。もっとも、黄色人種といっても、彼女の肌の色はそのなかでも比較的白い方ではあるが、しかし、その基礎となる肌の色が黄色であることに変わりはない。切れ長の美しい瞳。通った鼻筋。厚みのあるふっくらとした林檎色の唇。綺麗な卵型をした顔の輪郭。艶やか黒髪は背中のあたりまでのばされている。年の頃は二十五、六歳といったところだろうか。背の高さは百七十センチ前後。どちらかといえば、瘠せてほっそりとした体形をしている――彼女の名前はアリサといった。

アリサは逃げていた。彼女の背後からは敵対する帝国――ウルバシー帝国の兵士が、アリサと同じく飛行魔術を使って追いかけてきている。アリサひとりに対して、追跡を続けるウルバシー帝国軍兵士は五人。全員ウルバシー帝国軍正規兵であることを示す、蠍をモチーフにした、黒色の甲冑を身にまとっている。アリサは振り向きざまに背後から迫ってきているウルバシー帝国軍兵士に対して火炎系の魔法を発動させた。しかし、それはウルバシー帝国軍兵士が発動させた水系の魔法によって簡単に防御されてしまう。

――くそっ! と、アリサは内心で舌打ちする。身体にダメージさえ負っていなければ、背後に存在している敵など、ものの数ではないのだが――。

アリサは数時間前からはじまった戦闘において身体全体にダメージを負ってしまっていた。炎魚獣の火炎攻撃に曝されたのだ。咄嗟の判断で、水系の魔法で炎魚獣の火炎攻撃から身体を守ったものの、しかし、炎魚獣の火炎攻撃は強烈で、さすがに防御は完璧とはいかなかった。

幸いにして致命傷には至らなかったものの、しかし、全身のあちこちにひぶくれができてしまっている。傷の痛みのせいで、魔力を維持しているのが難しくなりつつあった。この状態では、ひとりふたりの敵であればともかく――一度に正規軍五人を屠るのは難しいと思われた。彼らも正規軍である以上、それなりの魔法力を行使することができるだろう。

――これまでか――アリサの脳裏に諦念が過った。敵である彼らが攻撃系の魔法を使ってすぐに自分に止めを刺さしてこないのは、恐らく自分のことを生きて捕えたいと思っているからだろう。彼らは自分が弱って力尽きるのを待っているのだ。すぐに捕縛してこようとしないのは、返り討ちに合うのを恐れてのことだと思われる。彼らは今様子を見ているのだ。自分がほんとうに弱っているのかどうか――自分の武名も広く轟くようになったものだ、と、アリサは自尊心を刺激されないでもない。

が、しかし、今はそうもいっていられなかった――このままでは彼らに捕まってしまうのは時間の問題なのだ――どうすればいい、と、アリサは次第に朦朧としはじめた意識のなかで思案を巡らせた――この状況を脱するには――そしてアリサは突然閃いた。どうすればこの苦境から脱することができるのかということについて。というより、どうして今の今までこのことに気が付かないでいたのかと苦笑がこみあげてくる。アリサは思った。転移魔法を使えばいいのだ、と。

転移魔法とは、その名の通り、一瞬にして目的地まで移動することができる魔法のことをいう。ただし、ただ単純に転移魔法を使っただけでは、現在の背後から迫ってくる敵の追跡を躱すことはできない。何故なら、彼らはアリサの使った魔法の痕跡を辿ることができるからだ。魔力の痕跡を辿り、アリサを追跡することができる。だから、工夫を凝らす必要があった。

ちなみに、その工夫とは、目的地を定めることなく、デタラメに転移することであった。この方法であれば、完璧に痕跡を消すことはできないものの、しかし、転移者の出現地を突き止めることはかなり困難になる。

だが、とはいえ、これは危険な賭けでもあった。というのも、そのように目的地を定めずに転移してしまえば、当然のことながら、危険な場所に出現してしまう可能性もあったからだ――最悪の場合、宇宙空間に放り出されて即死してしまうという可能性だって決してないわけではなかった。だが、帝国軍に捕まって拷問されるくらいであれば、いっそそのようにして死んだ方がマシである。

――と、そのとき、背後から追跡を続けていた帝国軍兵士が俄かに追跡スピードをあげはじめた。どうやら彼らは現在アリサがほんとうに弱っていると確信したようであった。五人の帝国軍兵士は飛行速度を速め、浮遊するアリサを取り囲まんとする。

だが、そのときには既に、アリサは呪文の詠唱を完了させている。転移魔法が発動され、アリサの身体は青白い光に包まれる。

と、同時に、アリサの身体はその場から忽然と消え去っていた。

アリサの姿が消えてしまったことを確認した帝国軍兵士は、慌ててその場に急停止する。

「――くそっ! 逃げられたか!」

まだ若い黒髪の兵士が憤りも露わに怒鳴る。

「そう激昂せずともよい」

怒鳴った兵士を薄笑いと共にいさめたのは、四十代前半くらいの、中肉中背の兵士であった。

「痕跡を辿れば、やつの行く先はすぐに知れる。それにどうせあの傷だ。そう遠くへは逃げられまい」

「さすがはミンデラ様」

先ほど激昂した若い兵士は、恐れ入った様子で、自分の上官にあたる、ミンデラという男の顔を見やった。ミンデラは部下から尊敬の眼差しで見られて、まんざらでもなさそうな表情で首肯すると、それから周囲にいる部下たちに敵兵――アリサがどこへ向かったかを調べるよう命じた。

Section

三人の若者がキャンプファイヤーを囲みながらお喋りに夢中になっている。彼らは茨城県の浜辺まで、海水浴も兼ねてキャンプにやってきたのだ。ちなみに三人が現在滞在している浜辺は、茨城県に存在する海水浴場のなかでもかなりマイナー部類に入り、従って、彼ら以外に人影はない。当の昔に日は沈み、暗い夜空には星々が静かに瞬いている。

「こうやって星空を眺めながらビールを飲むのって最高ね」

そう言って口を開いたのは、森坂彩音である。肩の辺りまで伸ばした髪の毛を明るすぎない茶色に染め、少し大きめの綺麗な二重の瞳のなかには明るい光が宿っている。彼女は健康的に引き締まった体型をしており、身長は百六十センチだった。年齢は二十歳。

「それに今は俺たちがいるからね」

森坂彩音の発した台詞を冗談でまぜっかえしたのは、竹本徹である。彼も髪の毛を茶色に染め、その髪の毛を今風に逆立てている。身長は百七十六センチ。瘠せてすらりとした細身の体型をしている。目も鼻も口もそれぞれ小さいが、しかし、それらのバランスは悪くない。年齢は彩音と同じで二十歳。

「両手に花だね」

と、竹本徹の冗談に続いたのは、田中薫だった。がっしりとした体形をしていて、身長は百八十五センチある。黒髪短髪で、比較的目鼻立ちがしっかりとしている。やはり年齢は二十歳。三人は同じ大学に通っていて、大学のゼミの授業を通じて知り合い、それ以来何かと一緒に行動するようになっていた。現在三人は大学の夏休みを利用して、茨城県の浜辺まで遊びにやってきている。

「はあ? ふたりが花だなんて冗談じゃないわよ」と彩音は男ふたりのからかいの言葉に殊更に唇を尖らせてみせた。「わたしの理想とするひとはね、もっとハンサムで、礼儀正しいひとなのよ」

「いや、いや、俺も薫もそう捨てたもんじゃないと思うよ?」と、徹は冗談めかした口調で言って、それから同意を求めるように隣に腰かけている薫の顔を振り向いて見た。薫は徹に同意を求められて、苦笑顔で首を縦に動かす。「うんうん、捨てたもんじゃない」

彩音は男友達ふたりの言葉に対して沈黙を持って応じた。そうして一瞬の沈黙のあと、「ところでさ」と、彩音は改まった口調で言った。そう言った彩音の顔を徹と薫のふたりが同時に見る。彩音はふたりに注目されてなんとなく居心地が悪くなって眼差しを伏せた。そうして言葉を続ける。「――宇宙人っていたりするのかしら?」

一瞬の静寂のあと、徹と薫の笑い声が夜の浜辺に響いた。彩音はふたりの友人の反応に殊更にむくれてみせる。「ちょっと、笑わないでよ! わたし真剣に言ってるのよ」

彩音の声のトーンが真剣なので、それまで笑みを浮かべていた徹と薫は真顔に戻って彩音の横顔を見つめることになった。彩音は言葉を継いだ。「だって、肉眼で確認できる範囲だけでもこれだけたくさんの星が存在しているわけでしょう? ということは、当然、この宇宙のどこかにはわたしたち人間と同じような知性を持った生命体って絶対にいるはずだと思うのよ」

「――まあ、これだけたくさんの星があるんだから、そのうちのどれかひとつくらいには、そういった知的生命体がいてもおかしくはないだろうなぁ」と徹は満点の星空を見上げつつ、そう感想を述べるでもなく言った。

「――少し話は脱線しちゃうんだけどさ」と、それまで沈黙を守っていた薫がどちらかというと遠慮がちな口調で言った。彩音と徹は同時に振り向いて薫の顔を見つめた。「この前、ネットの記事で面白い記事を読んだよ」

「それってどんな話?」彩音は興味を惹かれて、薫の横顔をじっと注視した。薫はちらりと横目で彩音の顔を一瞥すると、話し出した。

「今からちょっと前に偽一万円硬貨が使われた事件ってあったじゃん?」彩音は薫の発言に頷いてみせた。その事件については彩音もニュースを見て知っていた。数年前に北海道のとあるコンビニで、偽の一万円硬貨が使われ、商品とお釣りがだまし取られた事件だった。「その事件がどうかしたの?」

「偽札を使うのはわかるにしても、一体全体犯人はどうしてそんなすぐ偽物ってわかるような代物を使ったんだろうって不思議に思わない?」

「――そう言われてみればそうね」それまでそんなふうに考えてみたことはなかったが、確かに言われてみればそうだなと彩音も思った。

「でもさ、そういう記念硬貨って実際にあったりするんだよ」と、それまで沈黙を守っていた徹がからかうような笑みを口元に浮かべて言った。「だからさ、下手に偽の一万円札を使ったりするよりも、そういった珍しい硬貨の方がバレにくいんじゃないかって犯人は考えたんじゃねぇの?」

「――なるほどね」薫は徹に指摘されて苦笑顔で頷いた。「で、その薫が見たっていう記事にはどんなことが書いてあったのよ?」と徹が結論を急かした。薫は自嘲気味な笑みを口元に覗かせると、「徹のさっきの指摘を受けたあとじゃ、完全に話が霞んじゃうんだけどさ――」と軽く目を伏せて前置きした。

「そのネットの記事に寄れば、偽の一万円硬貨を使った犯人は、八分違いのパラレルワールドからこちらの世界に迷いこんだ人間なんじゃないのかっていう話なんだよ」

「――八分違いのパラレルワールド? なんだよそれ?」徹は薫の言っていることの意味が全く理解できなかったので、顔をしかめた。

「つまり、こういうことさ」と、薫は伏せていた目線をあげて再び徹の顔を見た。「その見つかった偽造硬貨には何故か昭和六十五年っていう刻印がされてあったんだよ。でも、みんなもご存知の通り、昭和っていう時代は六十四年で終わってるんだ。それにもかかわらず、六十五年の硬貨が存在している理由として考えられるのは、この俺たちが暮らしている世界とはべつに、昭和という時代が六十五年まで続いた世界が存在しているのかもしれないってことなんだ。そして逮捕された人間は、その俺たちとは違う世界から、偶然、何かの拍子に、俺たちの世界に迷い込んできたんじゃないのかっていう話なんだよ――つまり、逮捕された人間が使った硬貨はべつに偽ものっていうわけでもなかったって話さ」

「――確かにそうね」彩音は少し難しい顔をして薫の言葉に頷いた。まさか本当に、薫の言っているようなパラレルワールドというものが実在するということなのだろうか?

「まあ、興味深い話ではあるな。パラレルワールドなんてあり得ないと思うけど、でも、俺、そういう話って嫌いじゃないよ」と徹は薄笑いをして言った。薫は徹につられるようにして軽く口角を持ち上げると、言葉を続けた。

「ちなみに、そのネットの記事に寄れば、昭和六十五年に製造されたっていう硬貨は、他にも日本全国各地で見つかっているらしいんだ。しかも、ちゃんと自動販売機を通過できるやつがさ」

「へー」彩音は薫の発言を興味深く感じたので、軽く目を見開くことになった。

「更に話には続きがあってさ」と、薫は横目でちらりと彩音の顔を一瞥してから言葉を継いだ。「そのネットの記事には――まあ、これはかなり胡散臭い話ではあるんだけどさ――自分はそのパラレルワールドに行ったことがあるっていう人間が出てくるんだよ――で、その人物曰く、この、俺たちの世界と、その人物が行ったことがあるって述べてる世界は、八分間だけ時間がズレてるって話なんだよ」

「八分だけズレてる?」彩音は薫が言わんとしていることの意味がよく理解できなかったので、しかめ面に近い表情を浮かべることになった。薫は彩音の顔を見て頷く。「そう。八分だけズレてるらしいんだ。ちなみにこの八分間ズレてるっていうのは、俺たちの世界よりも時間が八分進んでるとか、遅れてるとかそういう話じゃないらしくて、八分間だけ、純粋に、俺たちの世界とは起こったことが違ってるらしいんだ」

「よくわかんねぇけど、なんかおもしれぇな」徹が愉快そうに微笑して言った。「ちなみに、そいつはどうやって――その、八分違いのパラレルワールドへ行ったの?」

「その記事に寄れば、俺たちの世界とその八分違いの世界はよく似た世界らしいんだ。だから、ふたつの世界には全く同じ建物が建っていたりすることがあるらしいんだけど――すると、その建物同士がたまに何かの拍子にふたつの世界を繋ぐパイプみたいな役割を果たすことがあるらしいんだ。それによって行くことができたって話だよ――ちなみに、更に付け加えると、地下の扉を開けたはずなのに、いきなりビルの屋上に出たりするらしい。もちろん、向こうの世界のね」

「へー。おもしれぇな。っていうか、もし本当にそういう世界が存在してるんなら、俺、そこに行ってみてぇわ」徹は薫の発言に軽く笑ってそう感想を述べた。

「――パラレルワールドか。面白いわね」と彩音も微笑して言った。「でも、なんで宇宙人の話から、いきなりパラレルワールドの話になんの?」と徹がふと疑問を覚えたように薫に向かって確認した。すると、薫は苦笑すると、「ああ、いや、パラレルワールドの住人も広義の意味では宇宙人にあたるかなって思ってさ」と、いいわけするように答えた。「まあ、そう言われればそうなんだけどさ」と徹は半分呆れたように笑って頷いた。

「――ねえ、もし、本当にパラレルワールドっていうものが実在するとしたらよ」と彩音はふと突然ある考えが閃いて口を開いて言った。口を開いた彩音の顔を、徹と薫のふたりが同時に振り向いて注視する。

「もしかして、魔法――魔法みたいな力が存在している世界も存在していたりするのかしら?」

彩音は子供の頃夢中になって読んだ、ファンタジー小説の世界を思い浮かべながらそう口にした。

Section

アリサは転出後、砂浜に叩き付けられた。デタラメに転移魔法を使ったために、通常空間への再出現が上手く調整できなかったのだ。また身体にダメージを負っているせいで、魔力を上手くコントロールできなかったということもある。

アリサはそれまでうつ伏せに倒れていた状態からすぐさま立ち上がった。ひとまず宇宙空間に放り出されて即死、という事態は避けられたようであったが、しかし、まだ安心することはできなかった。というのも、デタラメに転移したので、敵の近くに出現してしまっている可能性もないとはいえなかったからだ。アリサは背中に背負っている長剣を抜き取り、敵襲に備えて身構えた。それから、周囲の気配、というより、魔力の動きに神経を尖らせる。

アリサを含め、魔力を操れる者は誰でも周囲に存在する魔力の動きを知覚することができるのだが――それは通常の人間が風の動きを感じ取れるのと似たようなものだ。弱い魔力は微風のように感じられ、強力な魔力は強風のように感じられる――しかし、今現在、そういった力の存在を感じ取ることはできなかった。どうやら周囲の空間に敵兵は存在していないようであった。

もし、近くの空間に兵士がいるのであれば、その魔力の存在を知覚できないはずはなかった。もっとも、ごく限られた高位の者であれば、自分の魔力を相手に気取られないように隠してしまうこともできるのだが、しかし、もしそのような高位の者が近くに存在しているのであれば、今頃こうしてアリサが無事でいられるはずもなかった。

周囲の空間は夜の暗闇に包まれているが、しかし、月明かりの光が明るいので十分に視覚を確保することができた。現在アリサがいるのは、どこかの浜辺だった。波打ち際に波が勢いよく打ち寄せている。ここはどこの浜辺なのだろう? そう疑問に思いつつ、しばらくのあいだ周囲の空間に視線を巡らせ続けたアリサは、やがて間も無く、暗闇のなかにひとつの光源を見つけることになった。

現在アリサがいる地点から見て、五百メートル程先の地点に、焚き火と思しき光源が見られる。魔力の動きは感じられないので、漁師か誰かが焚き火をしているのだろうと思われた。アリサは彼らにここがどこであるのか、確認を取ってみようと思い立った。アリサは光源に向かって歩き出した。本来であれば浮遊魔法を使いたいところではあるのだが、しかし、いかんせん、度重なる戦闘で魔力を消耗し、現在は魔力がほとんど残っていなかった。

焚き火に向かって近づいていくにつれて、その焚き火を囲んでいる人間の姿が次第にはっきりとアリサの目に知覚できるようになってきた。焚き火を囲んでいるのは、どうやら三人の若者であるようだった。三人の男女はお喋りに夢中になっているらしく、接近してくるアリサにまるで気がつく様子はない。

それにしても、と、アリサは首を傾げざるを得ない。というのも、アリサの目に映る三人の男女は、アリサの目から見ていかにも奇妙な出で立ちをしているからだった。袖のないシャツらしきものに、色あせた、青い、硬そうな素材で作られたズボンを穿いている。そしてそのズボンは、新しいものを買う余裕がないためなのか、ところどころ綻びが目立つ。彼らは一体どこの民族なのだろう? アリサの脳裏に純粋な疑問符が浮かんだ。アリサの知る得る限りにおいて、彼らのような出で立ちをした民族というものは存在しなかった。

また奇妙なのは、これだけ自分が接近しているにもかかわらず、彼らがまるで自分の接近に気がつかないでいるということだった。アリサの世界ではたとえごく弱い魔力しか持たない者であっても、魔力を知覚することはできる。従って、治癒魔法を使いながら、しかも、一般的な兵士に比べて圧倒的に強い魔力を誇る自分の接近に気がつかないということは、どう考えても不自然なことであった。

付け加えてもうひとつ奇妙な点があった。それは三人の男女からまるで魔力というものが感じ取れないということであった。アリサの世界では、能力の大小こそあるものの、魔力を持たない人間というのは存在しない。しかし、三人の男女から魔力を感じ取ることはできない。この理由として考え得るのは、彼らがかなりの高位の魔法使いであり、何らかの理由からアリサに対して自分の魔力を隠しているという可能性であったが、しかし、現在観察している限りにおいて、おおよそそのようなことがあるとは思えなかった。

――では一体、と、眉をひそめたアリサだったが、しかし、次の瞬間、意外なことが起こった。

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三人の男女――彩音と徹と薫の三人から見てちょうど正面の空間――つまり波打ち際付近の空間が突然青白く輝いた。一体何が起こっているのだろうと思って三人は目を凝らした。

と、そのとき、実に信じられない現象が起こった。というのは、その青白い光源のなかから突如として、一匹の生物が現れたのである。その生物は一見すると、蝙蝠を彷彿とさせた。が、しかし、無論、それは蝙蝠ではあり得なかった。というのも、蝙蝠にしては巨大過ぎるのだ。体高5メートル近くある。更にその生物には蝙蝠とは違い、4本の、鉤爪のついた長い腕が存在した。頭部に関していえば、蝙蝠によく似ていたが、しかし、その目は三つ存在し、口は耳元まで大きく裂けている。更にそこには鋭角的に尖った、牙状の歯が並んでいた。暗闇のなかで三つ存在する目は不気味に赤く輝いている。

「――ちょっ、ちょっと、あれなんだよ?」徹は突如として出現した、怪物としかいいようがない生物の姿に、それまで腰を下ろしていた浜辺から立ち上がりつつ叫んだ。徹は明らかに今身の危険を感じていた。

「――も、もしかして、映画の撮影とか何か?」薫は現在の状況をなんとか現実的に解釈しようとして尋ねた。しかし、そうではないということは、疑問を口にした薫自身が一番理解している。なにしろ薫はその目で確かに目撃していたのだ。目の前に存在する巨大な蝙蝠もどきが、何もない空間から突如として出現してくるところを。薫も徹に続いて慌ててそれまで腰を下ろしていた浜辺から立ち上がった。

彩音も徹と薫のふたりに続いて立ち上がった。彩音は恐怖のあまり口を開くこともできなかった。

と、そのとき、目の前に存在する化け物が、その巨大な口を開いて咆哮した。まるで自分たちを威嚇するかのように。夜の暗い浜辺に化け物の叫び声が響き渡った。

化け物の咆哮を耳にした彩音たち三人は恐怖に駈られて一目散に駆け出した。彩音たち三人は、自分たちがここまでやってくるのに使った、車が停めてある場所まで向かって全速力で走り出した。

しかし、同時に蝙蝠の姿をした化け物も三人を追って走り出している。四本存在する腕と、それから両足を使って。その化け物の走る姿はどこか猿の走り方を彷彿とさせないでもない。しかも、その走る速度は三人よりも明らかに速く、化け物と三人の距離は見る見るあいだに縮まっていく。

彩音は自分の背後に、迫ってくる化け物の足音を聞いた。現在、自分と化け物とのあいだにはどれくらいの距離の開きがあるのだろう? そう思って背後の空間を振り返った彩音は、恐怖にその顔をひきつらせることになった。というのも、自分のすぐ真後ろに化け物の姿があり、なおかつ、その化け物は、鎌状に湾曲した、鋭い爪のついた腕を振り上げていたからだ。

――殺られる! と思って、彩音は自分の体温が急速に低下するのを感じた。

だが、次の瞬間、意外なことが起こった。というのは、彩音の視界を遮るようにして、何か黒い影が現れたのだ。と、同時に、苦痛を訴えるかのような化け物の絶叫が轟いた。そしてその刹那、何か生暖かいものが彩音の身体に降り注がれてくる。彩音には一体全体何が起こったのか、全く理解することができなかった。ただ理解できたのは、自分は死なずに済んだのだということのみであった。

しかし、間も無く彩音は理解することになった。いつの間にか、自分の背後の空間に、中世時代の甲冑らしきものを身にまとった、黒髪の女性が立っているということに。そして彼女の手には剣らしきものが握られているということに。

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